「世紀最高の料理人」と言われ、今も尚、世界の美食家からの賞賛を一身に受け、料理界をリードし続けているジョエル・ロブション。
31歳でフランスの職人に与えられる最高位の勲章「MOF」を受賞し頭角を現した。

1960年代後半から70年代におこったヌーヴェル・キュイジーヌの流れが、古典的フランス料理に新しい息吹を吹き込み、革新的料理技法や発想で料理界が活気に溢れていた80年代。まさにその1981年、ロブション氏36歳のとき、彼自身の挑戦の舞台としてレストラン「ジャマン」(後に「ジョエル・ロブション」と改名)をオープンした。当時のミシュラン史上最短で三ツ星を獲得し、惜しまれつつも同店をクローズするまで、13年間連続で三ツ星を維持し続け、世界を驚嘆させた。ロブション氏の料理を食べるために、何ヶ月も前から予約を入れ、世界各地から美食家が集まる。この華やかなレストランの厨房では、一秒足りとも気の抜けない、緊張の日々が限りなく続いたのである。この間、ロブション氏が考案した技法、料理哲学は、多くの料理人に影響を与えている。また、ロブション氏の料理は、美食家たちから「皿の上の芸術」とまで言わしめ、垂涎の的となり、「ロブションのスペシャリテ」として、現在も世界中の弟子により忠実に再現されている。

「最高の状態で辞めたい」と、充電期間に入ったロブション氏は、各国を巡り、食に関るあらゆる環境、レストラン像の理想を探求していった。
そして、21世紀の今、進化し続けるロブション氏の世界観と、「食材に敬意を表すること。つまり、五感を研ぎ澄まし食材と向き合い、それらの持つ可能性を最大限に引き出す」という自身の料理哲学に基づき、次々に新たな理想の「かたち」を具現化し始めている。
まず、意欲的に取り組んだのが、生活のあらゆるシーンに対応したレストラン業態の確立。その第一歩に、「シンプルで気軽、且つリーズナブルに本物のフランス料理を楽しめるレストラン」として「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」を提案した。テーマは“コンビビアリテ”(懇親性)。世界で始めて、カウンター形式でフランス料理を提供した、この“ラトリエ・スタイル”の店は、六本木を皮切りにパリ、モナコ、ニューヨーク、ラスベガス、ロンドン、香港、マカオと、世界各地に展開。時代に合った、食べ手が心地よい空間と料理を、あくまでもジョエル・ロブションらしく提供している。世界に先駆け六本木に一号店を構えたことは、ロブション氏が日本の料理人、お客様方へ寄せる信頼の厚さ故である。1994年に東京・恵比寿「シャトーレストラン タイユバン・ロブション」で料理監修をしたことにより、日本人、日本文化への理解はますます深まり、「新しい理想のかたち」を確立するならば、日本で」と考えたのである。

ロブション氏が最大の情熱を注いでいるのが、後進の育成である。パリ15区のラボで、彼の料理哲学に共鳴する料理人に惜しみなく技術を伝授し、そこから巣立った多くの料理人やパティシエが世界のフランス料理界で活躍している。2003年には、ロブション氏は一番弟子、パティシエ、ソムリエらを含むカンパニーを設立し、彼らを中心として世界中の料理人の育成に励んでいる。
一方で、ロブション氏は食育にも深く関わっている。美食の代名詞のように言われるフランスも、近年では食育の必要性が強く叫ばれ、様々なプログラムが組まれるようになったが、そのずっと以前より、フランス文化省から依頼を受けたロブション氏は、次世代を担う大切な子供や若者の味覚を育て『食』への意識を高めるべく、無私に活動していた。その他にも、料理番組、料理本、DVD、キッチングッズなどを通してより良い食環境の維持と発展に意欲的に取り組んでいる。なかでも、有名、且つ実力のあるシェフを招き、地方色豊かに食材を紹介し、プロの技術、コツを易しく教えてくれる「Bon Appétit Bien sûr」というTV番組は大変な成功を収め、ロブションのシンプルレシピも入手できるとあって、フランス国内で連続放送される人気番組となり、日本ではDVD−BOXで発売もされている。

2007年11月には、アジアで初の発刊となった「ミシュランガイド東京2008」にて、自身がプロデュースするレストラン3店舗において星を獲得したロブション氏であるが、来日時に語った言葉に、氏自身の人柄が表れる。
「三ツ星はとる事よりも、維持する事に意義がある。そして、それには本当に大変な努力が必要となる。その場にとどまることなく、新しいことに挑戦していく意志の力が大切なのだ。スタッフ全員が、ますます気を引き締め、精進し続けなければならない。」
こう語るロブション氏の頭の中には、食を取り巻く環境への熱いビジョンが溢れ続けているようだ。今後も多岐に亘る活動を通し、食と食文化を愉しむ術を提供したいと考えている。